誠空会館長  碇井 伸吾

館長紹介

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ご挨拶
心も技も高め、社会に貢献できる人づくりを目指します

立ち技の格闘空手を世界に!

碇井館長近影  日頃は空手道誠空会の活動にご理解ご協力いただきありがとうございます。 誠空会は空手道を通して、明るく、優しくそして強い青少年、 社会人を育てることをひとつの目的として真剣に取り組んでいます。
「格闘空手」と呼ばれる誠空会の空手をしっかりと身につけ、 頑丈な自己のバックボーンを確立してほしいと思います。 そして、さらに格闘空手を極めるもよし、何かを研究するもよし、 スーパービジネスマンを目指すもよし、教育者になることもよいでしょう。
 いずれにしろ、格闘空手道で鍛えた、技と心で大きな自信を持ち、 社会に貢献できる人になることこそ空手マンの目標であると考えます。 お互いに研鑚していこうではありませんか。


−Profile−
 川西緑台高校で空手道を始める。徹底的に防具組手を行う。
 高三の時、兵庫県代表として全国大会に出場。 18才の時には既に伝統派空手3段となる。 現在の格闘空手のスタイルは既に高校卒業時に確立して、すでに'79年第一回目の大会を行っている。 その後フルコンタクトの全日本、世界代表選抜戦等を経験。
 '92年には、格闘技王国オランダへ日本人空手マンとしては最も早い時期に遠征。 K−1で有名になったピーター・アーツのチャクリキジム(当時) にも足を運びハードなトレーニングにチャレンジ。
 最近では、'98年に中国で太極拳にチャレンジ。また、全米選手権にもチャレンジし、 実践に基づいた技術論の確立を目指している。
 また、福祉事務所で10数年勤務した経験を生かし、常に優しく、 ていねいな指導を行っている。 また、大会は常にチャリティーとして行っている。


−誠空会の歴史−
1977年
伝統空手の正確な技、防具空手のダイナミックな技のすばらしさを融合し、 投げ技にも耐えうる格闘技としての空手道をめざすために、誠空会結成。
すでに、顔面パンチの研究は始まっていた。
1979年
関西ではもちろん初めて(関西にフルコンタクト空手が無い時期)、 全国でも初めての格闘ルール(初期バージョン)による大会を開催。
1985年
格闘空手のオープントーナメント(西日本初)開催。
1987年
誠空会の大会が、格闘空手の西日本最大の大会として定着する。
空手道専門誌より「西の格闘空手」と命名される。
1989年
北斗旗選手権においても誠空会の選手が大活躍。
1992年
格闘技王国オランダに遠征。
ピーター・アーツのチャクリキジム(当時)や大型選手ぞろいのフォトストジムで、 ヨーロッパキックを吸収。
1993年
ワールド記念ホール(神戸)独自の全日本選手権を開催する。
1995年
阪神淡路大震災で、活動を縮小する。
1998年
総本部道場設立
格闘空手をベースに、選手志望の人だけでなく、少年少女・女性・社会人、 多くの人が心と体を鍛えることのできる空手道を普及させるために、
「誠空会」完全復活!
格闘空手を通して社会に貢献できる人材を育てることを目標として。 同年 USA遠征。



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